2度の不登校、そして高校を辞めた次男が見つけた新しい道

日常・子育て

こんにちは、シャロンです。

この前、破天荒な長男の話をしましたが、今回は2回の不登校を経験した次男の話をさせていただきたいと思います。

今は働きながらダンサーとして我が道を歩む息子が乗りこえてきた道のりがどなたかの励ましになることを願って……。

小学5年生て初めての不登校

次男は、小学5年生の頃に最初の不登校を経験。

当時、転校してきたばかりの次男は、新しい学校になかなか馴染めませんでした。

親しい友達もできず、少しずつ学校へ行けなくなってしまったのです。

そんな時、沖縄の離島に住む親戚夫婦が、

「学校へ行っていないなら、一度こちらへ遊びにおいで。」

と声をかけてくれました。

そこで、地元の全校生徒6人ほどの小さな小学校に体験入学させてもらいました。

次男はその学校をとても気に入りました。

全校生徒の中で一番年上だったこともあり、自然とリーダーシップを発揮するようになったのです。

そうして、自分の居場所を見つけることができました。

それから3年間。

魚をさばき、イノシシの解体を手伝い、自然の中でたくましく成長したのです。

中学2年生になると、高校受験のため関西の実家へ戻ってきました。

高校2年生で再び学校へ行けなくなった

無事に高校へ入学したものの、高校2年生で再び壁にぶつかります。

クラス替えで仲の良かった友達と離れ、新しいクラスには体育会系の生徒が多く、文系タイプの次男には居心地がよくなかったようです。

クラスで孤立していた別の生徒に声をかけ、一緒にお弁当を食べるようになりました。

しかし、その子は突然感情が爆発することがあり、次男はそのフォロー役のような存在になってしまいました。

気づけば心も体も疲れ切っていたのでしょう。

「ぼく、明日からもう学校へ行かない。」

そう言って不登校になり……。

親と担任教師の説得もむなしく、高校を辞めてしまいました。

昼夜逆転した生活

学校を辞めてからは昼夜逆転。

昼は寝て、夜になると起きる生活になりました。

親としては心配でたまりませんでした。

何度も昼型の生活に戻そうとしましたが、本人にとって昼間の人混みや喧騒は大きなストレスだったようです。

静かな夜だけが安心できる時間だったのでしょう。

新しい学校を探し始める

9月になり、このままではいけないと思った私は動き始めました。

高校のカウンセラーの先生から紹介された私立高校へ途中入学を希望して、相談に行きました。

募集は1名。

受験希望者は次男を含め2人でした。

「合格できないかもしれませんが、受けますか?」

そう聞かれましたが、ほかに道はありません。

受験したものの結果は不合格。

後から聞いた話では、もう一人の受験生のお姉さんがその学校へ通っていたため、そちらが優先されたそうです。

受験料も決して安くありません。

良かれと思ってしたことでしたが、さらなる挫折経験を息子に与えることになってしましました。

何とも言えない悔しい出来事です。

見つけたのは「通信制高校サポート校」

もう一度、一から探し始めました。

そこで見つけたのが「通信制高校サポート校」でした。

今ならもっとたくさんの選択肢があるのでしょうが、私が当時見つけたのは一校だけでした。

トライ式高等学院といって、ハイジのCMでも知られている学校です。

とにかく今の息子を助けてくれる場所を探していただけで、その学校が通信制高校サポート校であることもわからず問い合わせたのですが……。

通信制高校とサポート校の違い

通信制高校サポート校は高校ではありません。

サポート校は、通信制高校へ在籍する生徒が安心して卒業できるよう、勉強や生活を支える学校です。

通信制高校は、自宅学習を中心にレポート提出や週に何度か学校に通い、高校卒業資格を取得する学校です。

つまり、

– 通信制高校で高校卒業資格を取得する

– サポート校で学習や生活のサポートを受ける

という仕組みです。

そのため、通信制高校とは別に、サポート校の費用が年間150万円ほどかかりました。

次男も通信制高校へ在籍しながら、サポート校へ通うことになりました。

まずは生活リズムを整えることから

授業は完全マンツーマン。

毎日通ってもいいし、週1日でも大丈夫。

授業は1日1時間ほどで、自宅への訪問授業にも対応していました(別途費用)。

私たちはまず生活リズムを整えることを目標にしました。

駅まで車で20分。

そこから電車で30分。往復2時間近くかかる学校へ、たった1時間の授業のために毎日通ってくれました。

少しずつ生活が整い、表情も変わっていきました。

恩師との出会いが人生を変えたそこで出会った先生との相性は、とても良かったようです。

自分のやりたいことが少しずつ見えてきました。

演劇の盛んな大学へ進学し、大学では演劇を学びました。

そしてサークル活動でダンスと出会います。

卒業後は、仕事としてではありませんが、働きながらダンスを続ける道を選びました。

現在29歳。

好きなことを続けられる人生を歩んでいます。

親として今思うこと

あの時、本当にこれで良かったのだろうか。

今でも時々そう思います。

毎日1時間の授業のために往復2時間近くかけて通ってくれたのは、本当に本人の意思だったのだろうか。

もしかしたら、私が「生活リズムだけでも整えてほしい」と願った気持ちを受け止めて、無理をしてくれていたのかもしれません。

親は子どものためと思って決断します。

でも、その決断が本当に子どもの望んだことだったのかは、今でも分かりません。

ただ、あの時の私には、立ち止まるという選択肢はありませんでした。

泣きながらでも、失敗しながらでも、「この子に合う場所はどこだろう」と探し続けるしかなかったのです。

その選択が正しかったのかは、今でも答えは出ていません。

でも、次男は先生との出会いをきっかけに自分のやりたいことを見つけ、大学へ進み、今も好きなダンスを続けています。

だから私は、「親も正解が分からないまま進んでいい」と、あの頃の自分に伝えたいです。

そして今、お子さんの不登校や高校中退で悩んでいる親御さんにも、

「今、学校に行けなくてもそれで人生終わるわけじゃない。道はいろいろある。」

ってことを知ってほしいと思います。

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