三男も不登校に。高校中退、通信制高校、大学進学、そして今は父親に

日常・子育て

こんにちは、シャロンです。

我が家には3人の息子がいます。

長男、次男、そして三男。

3人とも、それぞれに個性があり、子育ても本当にいろいろでした。

次男は、小学校と高校で2度の不登校を経験し、最終的には高校を中退しました。

そして三男もまた、中学校で不登校になり、その後、高校を中退することになります。

「また来たか!」当時は、そんな気持ちになったこともありました。

でも、三男の人生を振り返ってみると、不登校や高校中退は、決して人生の終わりではありませんでした。

むしろ、それを乗り越えたからこその今だと思えるように……。

今回は、三男が中学校で不登校になった時のことから、その後の高校中退、通信制高校、大学進学、就職までの話を書いてみたいと思います。

中学校に入学して最初の家庭訪問で、担任から聞いた話

中学校に入学して、最初の家庭訪問。

担任の先生が家に来ました。

そして、息子の悪い話ばかりして帰っていきました。

「Aくんがいじめられていて、そのいじめのグループに息子さんもいました」

「数学の教科書をビリビリに破りました」

その他にも、いくつか悪い話を聞かされました。

私は、とてもショックでした。

三男は、少々やんちゃなところはあるものの、やさしくて正義感の強い子です。

いじめられている子がいたら、助けるくらいの気概はある子だと、私は思っていました。

だから、先生から聞いた話が、どうしても信じられませんでした。

いじめの真相

先生が帰ったあと、息子に聞いてみました。

すると、Aくんとは親しい仲で、いじめていたわけではないというのです。

ケンカをしている2人の仲裁をしていたのだとか。

「やっぱり……」私はそう思いました。

もちろん、息子の話だけをすべて信じていたわけではありません。

でも、普段の息子の性格を考えると、先生から聞いた話とは、どうも印象が違っていたのです。

「教科書をビリビリに破った」の真相

数学の教科書をビリビリに破ったという話も、息子に聞いてみました。

息子の話によると、教科書を落としたので拾おうとした。

その時、椅子の脚が教科書の上に乗っていることに気づかなかった。

そのまま表紙を引っ張ったため、表紙が破れてしまった。

それが真相でした。

実際に教科書を見せてもらいました。

確かに、表紙が取れていました。

先生から「教科書をビリビリに破った」と聞いた時には、故意に教科書をバラバラにしたような印象を受けました。

でも、実際には表紙が破れて取れていただけ。

私は、息子がかなり誤解を受けているのではないかと思いました。

そこで、先生に手紙を書きました。

息子から聞いた話を、できるだけ丁寧に説明しました。

しかし、先生からの連絡はありませんでした。

しばらくして、別件で電話があった時に、「あ、お母さん、お手紙ありがとうございました」と、もののついでのように言われただけ。

それ以上の説明はありません。

後になって、すべての誤解は解けたことを、息子を通して知りました。

でも、先生から謝罪があったわけではありません。

その頃には、息子は先生に対しての不信感をかなり強く持つようになってしまっていました。

当然、先生に対する息子の態度も、だんだんと良くないものになっていきました。

先生を「敵」と認識してしまった息子

一度、先生を敵だと認識してしまった影響は大きかったと思います。

他の教科でも、頭ごなしに叱る先生に対しては、反抗的な態度を取るようになっていきました。

息子もまた、先生たちから「反抗的な子」として認識されてしまったようです。

そして、それと同じ頃。

中学校に入ってからの忙しさにも、息子は苦しんでいました。

特に大変だったのが、提出物です。

提出期限までに出す。

試験前には、提出物を確認する。

さまざまなことを管理しなければなりません。

私も一緒に提出期限を確認しました。

しかし、期限が途中で変更されていることもありました。

「黒板に書いてあった」と言われても、そこまで私が対応することはできません。

試験前になると、息子はさらに追い詰められているようでした。

その頃、息子が見た夢を今でも覚えています。

巨人に追いかけられる夢。

たくさんのアリが足元からはい上がってくる夢。

夢の内容からも、精神的にかなり追い詰められていることがわかりました。

「学校に行きたくなければ、行かなくてもいいよ」

ある日、私はついに息子に言いました。

「学校に行きたくなければ、行かなくてもいいよ。」

息子は驚いた顔をして、「ほんとに?」と聞きました。

そして、少し嬉しそうでした。

そして翌日から、本当に学校に行くのをやめました。

不登校になっても、外とのつながりは持ち続けた

それからは、息子と私の2人で過ごすことが増えました。

家で多少の勉強をしながら、図書館や公園などにも連れ出しました。

私は、息子を家に引きこもらせてしまうよりも、「人にどう思われてもいいから、外の空気に触れさせることが大事」だと思っていました。

近くの高校で、毎週土曜日にスポーツ教室が開かれていました。

息子は小学生の頃から、そのスポーツ教室にお世話になっていました。

そこで、私はスポーツ教室の先生にお願いしてみました。

「高校の部活動に、息子も一緒に参加させてもらえないでしょうか?」

先生は快諾してくださいました。

それから息子は、毎日、高校生のお兄さんやお姉さんたちと一緒に運動させてもらうことになりました。

年上のお兄さんやお姉さんにかわいがってもらいながら、楽しく体を動かせる場所ができたことは、本当にありがたかったです。

学校には行けなくても、学校以外の場所で人とつながることはできる。

この経験は、息子にとっても、私にとっても大きなものでした。

2年生から、もう一度学校へ

そうして、中学1年生の3学期まで過ごしました。

そして、2年生からは学校に行くことに決めました。

3学期の期末懇談には、私も出席しました。

その時、担任の先生が息子の良いところをほめてくれました。

でも、正直なところ、「今さら……」という気持ちもありました。

中学2年生の担任の先生は、息子のことを好意的に見てくれる先生でした。

また、教務の先生と保健の先生からおふたりそろって謝罪を受けました。

「学校として十分な対応が出来ず、本当に申し訳ありませんでした。」と。

それが、私たち親子と学校との雪解けになりました。

それから、月に一度、教務の先生と面談の時間を設けて下さり、学校での息子の様子も聞くことが出来るようになったのです。

そして3年生になり、いよいよ高校受験を考える時期になりました。

不登校の間の成績と、内申点という大きな壁

そこで、ある大きな壁にぶつかりました。

不登校の間は、テストを受けていなかったため、成績がつきませんでした。

内申点が低すぎて、学力的には最低レベルと言われる高校でさえ、合格が危ないと言われました。

「このままでは、行ける高校がないかもしれない」

そんな状況でした。

そこで、中学3年生の1学期から塾を探し始めました。

料金の安さに惹かれて入った塾では、他校の生徒から嫌がらせを受け、やめることになり……。

そして、再び塾探し。

そこで、息子と相性ぴったりの先生に出会いました。

面談の時、その先生は息子の事情を聞き、息子に寄り添ってくれました。

そして、こう言ってくれました。

「夏休み明けには、違う景色を見ましょう!」

その言葉を聞いた時、私はとても心強く感じました。

息子もまた、同じことを感じたようです。

本当に「違う景色」を見せてもらった夏休み

期間中、息子はお弁当持ちで朝から晩まで塾で、とことん勉強しました。

そして夏休み明けの試験。

最低レベルと言われていた高校では、志願者の中でダントツ1位になりました。

さらに、もっとレベルの高い高校も十分狙えるほどの学力になっていました。

本当に、違う景色を見せてもらったのです。

塾の先生と相談し、評判の良い私立高校を専願で受験することにしました。

専願なら、合格したら必ず入学することを条件に、多少点数が足りなくても入学させてもらえる場合があります。

息子は無事に合格。

家族みんなで喜びました。

高校に入学。しかし、また「学校を辞めたい」

ところが、喜んだのもつかの間。

時々、「今日は学校を休みたい」と言うようになりました。

そして、高校1年生の終わり頃。

「学校をやめたい」と言い出しました。

理由は、「この学校は自分には合わない」ということでした。

何度も話し合いました。

でも、息子の意思は固いものでした。

夫と私は、息子の気持ちを尊重することにしました。

ただし、学校は辞めても、高校卒業の資格は取ること。

それだけは約束しました。

「は〜、また来たな!」と思いました。

でも、こちらは不登校も高校中退も経験済みです。

「それならば」と、最寄りの通信制高校に見学に行きました。

そして、そこに入学することになりました。

次男と三男で、選んだ道は違った

次男の時は、通信制高校サポート校に通わせました。

サポート校は、手厚くサポートしてもらえる一方で、かなりお金がかかったのも事実です。

もううちにはそんなお金も残ってない!

それに三男の場合は、「高校卒業の資格を取る」という目標がはっきりしていました。

そこで、通信制高校を選びました。

実際に入学してみると、息子はレポートの提出なども自分で管理しました。

親からは、ほとんど何もサポートしていません。

そして、無事に高校卒業の資格を取得しました。

本当にすごい成長でした。

子どもは、自分で「こうする」と決めた時には、しっかり目標に向かって進んでいけるものなんだ。

私は、そう実感しました。

その後、大学進学。そして就職へ

その後、息子は大学へ進学することも決めました。

大学の入学試験には、小論文の提出がありました。

しかし、息子は文章を書くのが苦手。

文章力は、ほぼゼロ。

ここはさすがにサポートが必要でした。

内容を考え、文章の組み立てを一緒に考え、何度も添削しました。

どうにか小論文を完成させ、無事に合格。

大学に入学しました。

そして、大学ではたくさんのレポートを書く経験を積んだようです。

後になって、息子が書いたレポートを見せてもらったことがあります。

「えっ、こんなに書けるようになったの?」と思うほど、かなりよくできていました。

人は、必要になれば成長するものなんですね。

就職活動で見せた、圧倒的なコミュニケーション能力

そんな息子の就職活動。

無名大学の出身でしたが、就職活動では豪胆さを発揮しました。

ある有名な運送会社の役員面接までこぎつけました。

ところが、その日。

なんと、寝坊しました。

慌てて会社に遅れることを連絡し……。

しかし、寝癖がついたままの髪。

そして、おかしなロゴのついたTシャツ姿で、遅れて登場。

息子は、「絶対に落とされる……」と思いました。

ところが、なんと内定をもらいました。

採用の理由は、「圧倒的なコミュニケーション能力」だったそうです。

「ぜひ我が社で、そのコミュニケーション能力を発揮してほしい」とまで言われたのだとか。

確かに……。

息子は、不登校だったとは信じられないほど、誰とでもすぐ仲良くなれる子です。

オマケに大胆不敵(良くも悪くも)。

でも、結局その会社の内定は断りました。

息子が選んだ会社は、特に有名な会社でもなく、給料が高いわけでもありませんでした。

それでも、その会社を選んだ理由は、「人が良かったから」だそうです。

そして、そんな息子も今では父親。

お嫁さんと、生まれたばかりの我が子を溺愛する素敵なパパになりました。

上の2人の息子たちより先に。

人生って、本当にわからないものです。

気づけば、たくさんの人に支えられここまでたどり着きました。

そのすべての出会いが私たちにとってなくてはならないものでした。

「お母さんが行ってほしいと思っていたから」

後になって、息子からこんなことを言われました。

「高校も、お母さんがそこに行ってほしいと思ってたから、そこを受験した」

「大学も、お母さんが行ってほしいようだったから行った。どこの大学に行くかを決めたのは自分だけど……。」

この話を聞いて、私は驚きました。

もちろん、私は、「ここが一番いいと思うよ」と思って提案していました。

でも、息子自身もその学校や大学に行きたいと思っているのだと思っていました。

まさか、今になってそんなことを言われるとは!

3人も子どもを育ててきたのに、私はまだまだ子どもの気持ちをわかっていなかったんだなと思いました。

いや。

もしかすると、子どもの気持ちがわからなかったというより、自分の希望を優先してしまっていたのかもしれません。

子どもの人生は、子ども自身が決める

「お母さんの言うことを聞きなさい」

「それが一番いいことなんだから」

それだけはやるまいと思っていたことなのに、いつの間にか、私もそんなふうにしていたのかもしれません。

もちろん、子どものためを思っていました。

失敗してほしくない。

苦労してほしくない。

できるだけ良い道を選んでほしい。

親なら、そう思うのは当然です。

でも、親が「一番いい」と思う道が、子どもにとっても一番いいとは限りません。

人に決められたことをがんばり続けるのは本当に難しい。

でも自分で決めて始めたことなら、最後までやり抜くことができる

不登校になっても。

高校を辞めても。

そこからまた、自分で次の道を選び、進んでいくことができる。

三男は、私にそれを教えてくれました。

今なら、「あなたはどうしたいの?」と聞けるかもしれません。

3人の息子たちは、もうみんな私のもとを巣立っていきました。

「あの時、もっとこうすればよかったのかもしれない」

「私の考えを押しつけていたのかもしれない」

そんな反省もたくさんあります。

でも今は、それも含めて、すべては彼らにとって必要な過程だったのだと思っています。

3人育てても、子育ては完璧にはできませんでした。

それでも、子どもたちはそれぞれの道を見つけ、自分の人生を歩いています。

だから、今、子どものことで悩んでいるお母さんたちに伝えたい。

その子のために一緒に悩んで、苦しんで、それでも前を向いていこうとしているなら、きっとその子は大丈夫。

お母さんのその苦しみが将来のその子を助けてるんだよ!

明るい未来はきっとやってくる

私も、何度も悩み、迷い、苦しみました。

でも、今振り返ると、あの時には想像もできなかった未来が、ちゃんと待っていました。

子どもの未来は、今の状態だけでは決まりません。

どうか、今すぐ答えが見つからなくても、焦らないでください。

親子で一緒に悩みながら、一歩ずつ進んでいけばいいのだと思います。

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